webの恥は書き捨て

売れる漫画家

私は高河ゆんの漫画がとても好きです。


読んでいたのは特に初期の頃です。
ローラカイザーや源氏、アーシアン、子供たちは夜の住人、まぁわりと読んだ方だと自覚しています。
現在は古本屋さんでしか見かけないですが、それでも私はどちらかといえば彼女の作品に愛情を持っている人間です。


彼女が同人誌界の女王だったころ、私は西の最果てに住み、とてもとても小さな委託販売店で、割高な同人誌をドキドキしながら少しずつ少しずつ購入しておりました。
ジャンル違いってこともあって同人誌界での彼女は全く存じ上げないのですが、いつだろう、アーシアンと源氏で彼女を知りました。



そんな彼女もアニメ化してみたりガンダムのキャラデザやってみたり、何だかとっても楽しそうな感じのお仕事ぶりだなぁと思って眺め続けておりましたが、久しぶりにアーシアンの完結編読み直して、彼女のプロらしからぬあの仕事ぶりを再度考えてみました。



同人からプロになった方々はプロ意識に欠け仕事ぶりが酷い、という傾向は確かにあるかもしれません。
プロになろうなんて考えていなかったような方々が多いでしょうし、なおかつ「売れる」より「書きたい」「補完したい」「ニーズは俺」で描くのが当たり前の同人誌、それで売れていたんだから余計に、読者視点にはなかなか立てないだろうなと思います。
でも、それでも、それでもです。彼女の漫画は売れる。面白い。泣ける。
彼女はご自分の描きたい物を描いて売れる稀有な漫画描きなのです。

高河ゆんは高河ゆんであって、漫画家という職業とは少し違うものだと私は考えます。
彼女の作品は半分ほどが未完成です。源氏なんか、ほんとに続き読みたいですが、同人に慣れている自分としては、あれがこのままずっと完結しなくても、まぁ仕方ないかと思います。
ネット上には、いまだにじっと源氏や天使庁や…の続きを待っている方がたくさんいて、もちろんそこには高河ゆんに対しての不満が渦巻いています。当然です、彼女たちにとって高河ゆんは普通の漫画家。彼女に続けられないのだったら編集部が何とかすべきだろうと思うのが普通の漫画読者。世の多くの漫画読みたちは同人誌など知りませんし、同人誌描きがどんな心境で同人誌を描くのか知りません。




世の中には天才とか呼ばれる人がいます。
常識では考えられないようなことをやっているのになぜか結果が出る人。
漫画を描く人にはそういう人がわりといます。
高河ゆんだけじゃない。
CLAMPとか、トガシとか、ハギーとか。ほかにもいっぱい。
逆に結末まで描かせてもらえない、結果の出ない人もいるのかもしれない。
編集部からの圧力は、間違いなく「結果を出す人」に甘い。
それは仕方ない。当たり前。だから高河ゆんもCLAMPも完結出来ない。
理由は「好きなように描いているから」。ニーズは俺。です。それで売れるから仕方ない。



高河ゆんは凄いです。
あの当時の少女マンガと高河ゆんのマンガを比較すればそれは一目瞭然だと思います。
彼女の色彩感覚はちょっとどうだと思ったこともありますが。
漫画が文芸のようです。美しいです。
表現方法としての漫画の可能性をぐいっと広げたと思います。
それは、やっぱり同人誌界の女王になるべくしてなった方と思います。
商業誌でも当然認められてしかるべき方だと。


さらに創作において「ニーズは俺」で売れるということがどれだけ稀有な現象か。
凄いことなんです、これは。
好きな物を好きなように貫いて売れることは凄いことなんです。
だから特別扱いされて当然なんです。彼女たちは。


だから、いいんだと思います。
世に出たものを読みましょう。途中できれるのが嫌なら完結した後読みましょう。
彼女の漫画はそれでいいんだと思うのです。
彼女が遅筆だとかということじゃなくて。そういう方はそれでいいんです。
中途半端で終わったら、あとはこっちで補完しましょう。
彼女自身もそれを望んでいるような気がしてなりません。

私の好きな同人上がりの作家群が、ネット上で何だか批判されていることが多いので、書いてみました。
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# by inutawanwan | 2009-07-22 20:41 |

今やっと気がついた

ちょっと精神的に疲れてるんだということに。

ネットの検索に意味のわからないことを思わず入力するのはいつものクセで、
「わあああ」とか「いやいや」とか「ばかじゃねぇの」とかは全く平常運転だけど
今日はちょっとヤバい。
「怖い」とか「首切り動画」とか「猟奇殺人」とか入力した。

自分より人間的に劣るものを見て心を落ち着かせようなんて、甘い。
下を見てほっとするのはたまには必要なことではあるけれど。

どうしてこんなに疲れているんだろう。
最近は仕事もそう忙しくないし。
忙しくないから逆に疲れる余裕まで出てしまうのかもしれませんが。
やだなぁ、なんか。
こういうのって自覚するとどうもよくないよねぇ。
自覚って大事なことだけどしなきゃよかったと思うことも多いよね。
しちゃうともう逃げられなくなるもんね。
誤魔化せなくなるもんね。
うーん。

楽しい話をしよう。
今塩麹を作ってみようと考えています。
漬物を食べたいなと思ったんだけど、私は漬物が苦手なので、糠とか粕には漬けたくない。
でもなんか世には塩麹という漬け床があって、
これが肉でも魚でも野菜でも何でも御座れ、しかも毎日手で混ぜなくても良いとか。
素晴らしいじゃないですか、塩麹!
まぁ食べてみないと好きかどうかはわからないけれど、
私の塩味好きなところを考えてみてもたぶん好きだ!
米麹を買って帰って作ってみようと思うのだよ。
せっかくもやしもんとか読んでるわけなので、うちでも麹菌を飼うわよ!と。
長谷川さんばりに発酵食品にハマってみるわよ!と。

うん、良いね。
楽しみ。
出来たらまた。
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# by inutawanwan | 2009-06-24 13:37 |

ふははは

ここんとこ12年来の友人たちと会ったり飲んだり語ったりの機会があって
本当に楽しかったので、いろいろ昔のことを思い出してきた。
もちろん良かったことばかりじゃないんだけども、
今からだとほんとに笑って話せることが多くて、楽しい。
同じ学年の子達と話が出来るのは本当に嬉しいし楽しい。



その後2つ以上下の子たちとも会う機会をいただいた。
これはハレのイベントだったので、
ご招待を受けるのはとても嬉しいし光栄なことだったんだけど、
正直行く前から少し気が重かった。
後輩達と仲が悪かったわけではないけども、
そんなにめちゃくちゃ仲良しでもなければ、
卒業後にマメに連絡を取っている子がいるわけでもなく。
そんな場にぽんと入れられると、身の置き所がないんだよね…
と、憂鬱にならないでもなかったわけで。

どうせ私は場を盛り上げようとか思ったところで
自分の行動があとで許せなくなって自己嫌悪になることはわかってるから、
そもそも私は周りよりも大人なわけで、大人しく座っていようと事前に思っていた。
行く前にそう思えること、これはちょっと成長かもしれないと思った。

案の定、良い結婚式だったけど、
自分自身にはあまりよい振る舞いが出来たようには思えず、
気恥ずかしい気持ちやあとからの後悔が噴出した。
ただ、大人しくしてようと意識していた分だけ、
いつもよりは気狂いしなくて済んだかなとは思う…

しかし。
疲れた。
疲れた。

私はどうしてこうなんだろう。
自分の発した言葉ひとつひとつ、
行動ひとつひとつ、
全部が全部周りを凍りつかせたり呆れさせたり嫌な思いをさせたりしたのではないかと
とてもとても不安で自己嫌悪で死にたくなるのだ。

全部私の脳みそがちょっとおかしいせいなんだろうけど…

やだなぁ。

もう。

こんなことはこの場にもう何年も前から書いているけれど。
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# by inutawanwan | 2009-06-23 10:33 |

なんと1年以上ぶり

もはや読んでくれる人なんてきっと居ない(笑
でも元々ただの独白だから別にきにしな~い。

昼前に銀行に行ったときには、まだ晴れ間が覗いていたのに
なんという土砂降り。
久しぶりの雷。
ちょっとわくわくするのは相変わらず。
高校生の頃、急に天候が崩れて、電気をつけているのに教室が暗くなり
鋭く稲妻が光った次の瞬間ガラスが響くような雷鳴が鳴り響いて
短い悲鳴やざわめきが教室を包む数学の時間。
覚えてるなぁ、あの空気。
一人で嬉しそうに笑ってた自分。
雷は相変わらず大好きだ。

最近、二次創作を高校以来でやってたりする。
頒布はもちろんやらない。そんな時間もないし勇気もないし。
でも、やっているとやっぱり楽しいなぁと思う。
しかし…問題はやっぱりある。
ここでさえ1年以上書いていなかった文章へのブランクは物凄い。
私の文章への執着はこんなもんだっけ…?と思うくらいに、頭が回らない。
考えてみればこの仕事始めて、ブログに日記つける以外に何も作っていない。
その前のブランクも入れれば、10年以上になる。書けなくて当たり前か…

私が二次創作をするときには、オリジナルと違って、
一次作品に触れたり他の二次作家さんの作品に触れたりすることで
「書きたい!!!!!」という猛烈な欲求が燃え上がって先走りすぎて
どうしても構成やらオチやらに意識を向けにくいのは昔からのクセだけど。
今回はちょっと気合入れて作りこみたいなぁと思っていたりもする。
もちろん、好きなものに対しての思い入れ、という意味もあるんだけど
「ストーリーを作るってどういうことだったか」を思い出す、再構築するためのリハビリの意味もある。

いや、でも既に先走ったのたくさん書き散らかしてるんだけど。
まとまり無さ過ぎて泣けてくる。
この先走った破片をつなぎ合わせていく作業が
意外と楽しかったりもするのが二次の良いところでもありますけど。
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# by inutawanwan | 2009-05-21 17:33 |

結婚

結婚したいと思ったことがないとは言わないが
私はどちらかというと、結婚自体に興味がある人間ではない。

よく人の結婚式に参加させてもらっては
「結婚式はジャムの蓋」といつも思っていた。
ジャムの瓶や蓋にはとても美味しそうな写真が載っている。
そして実際ジャムは美味しい。始めの一口は。
でも絶対一瓶食べきれない。そのうちかびて食べられなくなる。

結婚ってそういうもんだと私は今も思っている。



でも
したいとも思わないけども
やっぱりせねばならないことのひとつでもあろうとは思う。
進学と同じ。しなきゃしないでも何とかなるけど
しといたほうがたぶんいいんだろうな~という
何というか、世間に流された結果の理論。

それより何より

したいと思ったときにはもう遅いっていうのは
周りを見てても、自分を振り返っても、
おそらく間違いなくあるんだろうな~という気持ちが
焦りを生むんだということもよくわかっている。



子供を生むほうがいいのかどうかはまた別として。



おそらく今年の年末あたり、もしくは来年頭あたりには
私は結婚しているでしょう、しているといいな。

本当に自分のやりたいように生きていきなさい。
金銭の面では死ぬまで心配しなくていいから。
と、誰かが言ったら
私はきっと結婚なんかしないでしょう。
いえ、お金のために結婚するわけではありませんが。

この何かへの不安を少しでも楽にするため
おそらくはいろんな不安を誰かに半分背負ってもらうため
今までの我侭を少しでも報いるため
とてつもなく社会的な行為である婚姻という作業を
この1年で行いたいと思います。

間違えてはいけないのだ。
結婚は個人の作業ではなくて
対外的な社会的行為だということを忘れてはいけないのだ。
そうでなければ誰がやるんだよあのめんどくさいひとつひとつを。



ある意味、仕事よりめんどくさい。






やる気なくしているので自分で自分を鼓舞するためのエントリ。
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# by inutawanwan | 2008-02-25 13:05 |

2008年

「もはやオリジナルというものはこの世に存在しない」
という言葉を聞いたのは、去年のことだった。
確か庵野監督が言ったんだったと思う。
(言ったのはたぶん10年以上前だと思うけど)
それはネガティブなとらえ方ではなくて
でも特にポジティブでもなくて自嘲的印象だ。

好きなものに影響を受けることを恐れるな

ってことだと私は解釈した。




影響っていう言葉はとても重い。

誰かが言った言葉をそのまま受け売ることは
実際とても良くないことだ。
元の意味から外れていないかということはもちろん
それをまるで自分が考え出したことのように切り売りすることは
そのまま犯罪でもあるから。

でも元の言葉が既にとても有名で
誰から発したものなのかを誰もが知っていれば
それは犯罪ではなく引用にもなり
さらにはオマージュ、パロディ、その他いろんな言葉で呼ばれ
世の中に問題なく負荷なく受け入れられる。

どちらも影響に変わりない。




2007年、私は相変わらず好きなものを好きだと叫ぶことだけは
躊躇せずに行えたと思う。
考えてみる。
私が好きなものに共通するものはあるのか。

歌でも文章でも動画でも何でも同じだ。
「個」を表現することに長けたもの
「オリジナル」を確立しているものが私は好きなんだと
それがはっきりしていた年だったと思う。

ただ

庵野監督の言う通り
この世にすでにオリジナルは存在しないとすれば
それの全てが何かを模倣したものともいえる。
そして、改めて考えるまでもなく
その通りなのである。
模倣を少し超えたもの、であるのは間違いないが。
その少し超え、というのがポイントなのだろうとも思う。

事変の音楽は基本に「歌謡」が流れ「juzz」が流れている。
それはかなり忠実な流れで、その流れについた副流に「らしさ」がある。
アニメーションだって基本に忠実なものが私は好きだ。
ただひたすらアニメーションの基本をなぞっているだけ。
コミックのアニメ化には出来ない「アニメーション」独自の基本形態。
でもその流れには長い歴史の中に考えつくされた計算と、
「アニメーションを作っている」という作り手の明確な自覚が
ぶれなく貫いてあることが受け手に伝わるほど克明に表現されている。

最終的には

「基本」をぶれなく持っているものこそが
一番魅力的なものを作ることができるのだということだと思う。
その基本が誰かの真似でも構わない。
ほかの誰かが既に確立した何かでも。
ただ、それについてなら一晩中、一昼夜でも語り明かせるくらいの
絶対的な理解と深い深い愛情を持っていて
敬愛と畏怖の気持ちを忘れないでいるかどうかということだと思う。
オマージュとパクリの違いはそこだと私は思っているから。




さて


私は「基本」を持っているんだろうか。



今年の目標はそれだ。私が一番表現したい基本。
それを明確にしてこそ、魅力ある人間になれる気がする。
いまさらのような気もするけど

きっと遅すぎるってことは人生にはないだろうし。
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# by inutawanwan | 2008-01-03 21:17 |

ここ最近の東京事変

20歳、初めての椎名林檎ツアーに参加して以来
私の音楽はほとんど林檎ちゃんに染まってしまった。
19歳までの私は一体何を聴いていたんだっけ…???というくらい。


昔はものをおもわざりけり。





某サイト管理人さんが
「最近の椎名林檎はまた神がかってきた」
と書いてはるのを読んで。


林檎は神がかっているか?
そんなことはない。
林檎はいつも礼儀正しく佇まいは「普通」だ。
舞台の上で林檎ちゃんが「おかしい」感じになることはないし
見た目の限りでは昔から本当に普通のアーティストでパフォーマーであると思う。
もしかしたら通常のバンドよりずっと
「冷静」にパフォーマンスをこなすほうじゃないかと思う。
「見られる側」の意識と「見る側」の視点を忘れない人だと毎度感心する。

じゃあ林檎が送り出してくる音楽は神がかっているか?
それもそんなことはない。
もちろんほかの誰も実際に生み出せないものを
生み出していることは確かであり、それを神がかり的、というのなら
林檎はずっと昔から神がかりっぱなしだ。
そしてそれは林檎だけじゃない。


今の東京事変を神憑りにさせているのは
あの5人の組み合わせだろうと思う。


東京事変の音楽に対して
「椎名林檎」と言われることを私はあまり良いこととは思わない。
林檎ちゃんがどう思っているかはわからないけれど。
ここ数回のリリースで耳にする音楽に
作曲が林檎ちゃんの曲はなかった。
その上でのこのクオリティ。
作曲が誰かわかる個性を保ちつつ
おそらくは5人が「販売物」までに完成させているのだと思えば
それは「椎名林檎」の作品ではなく「東京事変」の作品であって
そしてそれは林檎ちゃん自身が望むことであろうと思う。
そうでなければバンドなんて作らなかったに決まっているのだ。
あの人選、林檎ちゃんがやりたかったことは明らかだと思う。

ずっと気になっている。
口にこそしなかったけれど気になっている。
そして今回どうしても言いたくなった。

「林檎ファンは東京事変をそろそろ認めちゃいかがですか」
「ミッキー・ヒイズミがいた頃を懐かしむのもいいけど
うっきーとわっちもスゴイ奴らだって思いませんか」

林檎ちゃんがソロでアルバム出したり(映画があったからだろうけどさ~)
うっきーとわっち(亀ちゃんの曲もあったけどね)の作曲した曲ばかりのアルバム出したり
そういうことをやっているのはどうしてかといえば
きっと「違うもの」と認めてくださいということなんではないかと
私は勝手に解釈していたりするのですがどうでしょうか。
そしてその上で東京事変を愛してもらいたい、と。

いや、これは私がそう解釈して、そしてそのとおり
いまや椎名林檎ファンの私より東京事変のファンである私のほうが
ウエイトとして大きいからそう言っているだけかもしれないが。

今回の「閃光少女」は亀田誠二氏の曲ですが
もしかしたら一番神憑り的曲を書くのはやっぱり彼ではないかと
私などは思うわけです。
それは「イイ」とか「ヨクナイ」ではなくて
誰もの耳に印象付ける何かを持っているという意味で。
タイアップもあるし、ここんとこのシングルの中では一番売れるだろうな~。
あ、でもちょっと高いのか。DVD付だったな。
私はOSCAもキラーチューンも神だと思います。
でもそんなこと言っちゃったらライブで聞く林檎の曲も事変の曲も
すべてが神憑りです。
何がすごいかって、誰が書いても林檎ちゃんは自分のものにして歌うし
たぶんトシちゃんのドラムがすべての曲に統一感を持たせてくれてる気がする…
誰が書いても東京事変の曲にまとまるのはやっぱりスゴイ。
違和感ないんだよなぁ。そう思って聞くせいもあるだろうけども。

ライブに行く度思います。
今の布陣がどれだけ無敵なのかということを。
はじめはわたしだってミッキーとヒィちゃんがいないのは悲しかった。
もっと前は村石さんのドラムがなくなったことが悲しいこともあった。
でもやっぱり「過去の絶景に酔っては居られない」のが林檎ちゃんであり事変なんだと
今回のアルバムで改めて思った次第です。

ファンだから当たり前なのかもしれないですが
私は事変の曲に嫌いなものはありません。
批判したりする目が退化してしまっているんだと思いますし
極端な崇拝者になってしまっているかもしれないと思います。
でも。それでもいい。良いと思えるんだもん。

たぶん死ぬまで事変ファン。
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# by inutawanwan | 2007-11-12 13:52 |

恩師の事件と東京事変と2008年手帳の旅

昨日の夜、とある場所で逮捕されたとある中学美術教師が
中学の頃の担任の先生だったことから
身近でサイダーの泡のような騒ぎが巻き起こっている。

もう少しの間やり過ごすときっとみんな日常に埋没して
この悲しい気持ち、やるせない気持ち、泣きたい気持ち、
誰かを何かから救ってあげたい気持ち、全部空気に融けてしまうだろう。
このニュースを知った旧友たちはみんなこんな気持ちでいるだろうか。



そんな気持ちのまま、愛する東京事変のzeppライブに参戦。
狙っていたグッズはほぼ買えず、でも最低限は何とかキープ。
ライブハウスといってもzeppはLOGOSのように小さくないが
それでも初めて椎名林檎を見たとき以来のライブハウスでのライブで
いつものデカい箱では感じられないグルーヴ感があった。
何より
はじめは背の高い参戦者の後頭部により全く見えなかったハタ氏が
林檎姫以外のメンバーのMC後、ちょっと後頭部が移動したことで
後半はずっとばっちり見え放題で最高。
しかもずっと長袖で今回は二の腕見えない…と寂しかったのだが
アンコールでは半袖で登場、ばっちり袖を捲って叩いてくれたので
いつものあの素敵な二の腕の筋肉を心行くまで拝めたのはこれもまた最強。
MCがいつもより長かったように感じたのは楽しかったから?
ハタさんはいつものように恥ずかしそうでしたし
亀師匠はいつものように凄く楽しそうに可愛らしくお話ししてらっしゃった。
亀ちゃんはなんかほんとにいつも話し方が可愛いんだよな。
なんだろうな。一生懸命博多弁使ってるとことか可愛いよな。
ハタさんの「なんかねあの髪はって言われました」が可愛かったな。
わっちもうっきーも良い曲書いてくれてありがとうだな。
MC二人もとっても可愛かった。
そして林檎姫、最強に可愛かった。
みんなみんな可愛かったなぁ。
いつものことですが、私はひとりでライブに行っても叫びます。跳ねます。手を振りまくります。
今日は比較的「としちゃーん!!!!!!!!」が多かったかな。

しかし…

どこでライブを見ても思うのだけれど
ロックでもポップでもライブで体を全く動かさず聴いている人って
どうしてライブに来てるの…???
歌だけなら家でCD聞いてればいいのに。
アーティストが体動かして盛り上げても全く動じない、
MCで笑いを誘っても笑わない。
このアーティストに興味がなくて今日は付き添いです、ってのならともかく。
ライブで醒めてて楽しいものでしょうかね。
不思議でしょうがないね。



さて、実は最近2008年の手帳を買いました。
まっピンクの可愛い手帳ですが
如何せん幅が広すぎて手に馴染まない。

手帳と言えばやっぱりGallery Interformが最強だった。
本当によい手帳だった。いまだに欲しい。出たら絶対買う。

ネットをさまよっているとたまにこの名前を見ることがある。
みんな2003年から手帳難民になっている様子。
あの手帳がどれだけ素晴らしかったかみんなよく知っているようだ。
私としてはあの手帳があったからこそ、あれを超えるものが出てこない限り忘れられない。
何がそんなに凄かったのか思い出してみる。

1、ハードカバーで多少乱雑に扱っても1年間へたれないこと
2、中の用紙が比較的厚手で裏が必要以上に透けないこと
3、横幅が小さめであることで、私の手にピタリと馴染んで安定し書きやすいこと
4、横幅が小さい分縦に長いことで、一週間のスケジュールが縦に並びきること
5、うしろのフリーページがミシン目付で気軽に切り取れること
6、月予定カレンダーが最初のページにまとめてではなく各月の頭についていること
7、カラーバリエもシンプル、表紙も極シンプル

ざっと挙げてもこんなに出てくる。なんて素晴しかったんだろう。
そりゃ忘れられんわ。

とくにこのサイズが気に入っている一番の理由だった。
このサイズのハードカバーは意外にないものなのだ。
Gallery Interformが消えて新しいものを探し始めてわかった。
Gallery Interformは偉大だった。何物にも代えがたい。

というわけで、ぜひどちらかで復刻していただけないかなぁ???

e0010287_0385496.jpg


1999年~2002年までのGallery Interformの手帳。
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# by inutawanwan | 2007-11-09 00:37 |

恋しい

いろんな思いを抱えています。

好きな人は私をどう思っているのか。
働くことは私に向いているのか。
私は今こそ何をなすべきのか。
明日のごはんは何にしようか。
最適なダイエット方法は何か。
パソコンをMacにスイッチすべきか。
もっと良いipodケースはないか。
明日はどこに向かえば見つかるのか。
1+1は本当に2なのか。
地球の温暖化は本当は地球の意思か。
日本の景気は本当に上向きなのか。
子供を産むべきか否か。
T・ローザックのSFは実は実在主義か。
ナオミはツンデレか。
次に買う指輪はペリドットかルビーか。


考えるべきことが多すぎる。
それが今の私の一番のストレスなのだと思います。
もっと単純に思考できればなぁと思います。
だからいろんな「単純」なことに逃げようとするのでしょう。
たとえば「眠る」ことであったり、「歌うこと」であったり、「話すこと」であったり。

いや、違う。
自ら複雑にしているだけじゃないか。

自分でもっと単純にする努力をしなければ、
いつまでも思考は絡んだままじゃないかと気づきます。

やりたいことを考えること。
そしてそれを常に意識の真ん中に小さく保っておくこと。
本当に必要なことはそれだけ、そんなことは



もう12年も前に気が付いているのに。

なかなかそれができない

私の気質がそうさせているのもよくわかっているのです。
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# by inutawanwan | 2007-11-01 01:17 |

美徳のよろめき  三島由紀夫

いろんな場面で三島を語る人は多いので
彼の性格や人となりというようなものはいくらも手に出来たが
実は三島の小説に手を出したことがこれまでなかった。
興味がなかったとは思わない。
ただ、私は何か不安があった。
三島を読むと、私は三島に心酔しすぎてしまうのではなかろうか。
何かカリスマ的な要素を三島の人生に感じてしまって
冷静な思考が保てなくなるのではないかと思っていた。

「割腹自殺」というのはそれだけ私に衝撃を与えていた。
切腹、というのとは大きく違うものだし
彼にそれを強いた彼の自意識に触れたくもあり
パンドラの箱のような、開けてはいけない何かのようにも感じた。

寺山修二が三島由紀夫を評しているのを少し読んで
手を出してみる気になったというのが本音だと思う。
寺山の生に対する考え方はとても面白いと感じていたし
その彼が三島の自殺を非常に朗らかなものとして評しているのが
私にはとても救いのように感じられた。
ただの悲壮感とは違う、もっとポジティブな思考で決められた自殺。
本当にそうであってくれれば、こんなに不安に感じる必要はない気がした。

そして、私はずっと興味だけ持って避けてきた三島の本に手を出した。

美徳のよろめきはたしか2冊目に読んだ本だったと思う。
3冊目だったかな。
まぁともかく、読んで思ったのは、三島の耽美主義への傾倒ぶりである。
三島の文学が唯美主義であるというのはこの本を読んで本当に実感できた。
この人は美しいものに心からの愛を持っているのだと思った。
寺山修二の言う自殺の理由も納得がいくように思った。
美しいものを美しいものとして永遠に保存したい、
でもそれは不可能である、だから美しいうちに壊す。
これが美徳のよろめきから感じ取れる三島の思想だと思う。
そして、それは何冊かの三島を読んでも
あからさまなくらいに匂い立つ思想である。

美しいものを美しいと愛でる気持ちは
人間としてとても尊いものである。
ただ、私にはそれを美しいうちに壊して永遠にすることは
正しいと思う気持ちもどこかにあることを否定はしないが
それを実行できない人間である。

そして、それをためらいなく実行できた三島は
本当に美しさに厳しい人だったのだと
身震いするほどに実感した一冊だった。
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# by inutawanwan | 2007-08-01 11:46 |



イヌタの日常、悲喜交交。
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